大学生になっても、高校生の頃の刺激が捨てがたく、深夜の渋谷に頻々繰り出し、宮下公園で家や身寄のない人たちと過ごしていた。余りに頻繁だったため、講義の定期試験の日に寝過ごし、単位を落とすことも初中だった。特にドイツ語は3回落第したため、社会人になって「私はドイツ語を4年間履修しました」と如為顔で語らっている。
「歩」という旁は、進捗の「捗」では「チョク」と訓むが、「渉」は「ショウ」であるし、瀕死の「瀕」は「ヒン」であり、元の「ホ・ブ・フ」を含め、あまり規則性がない。そこで、「捗」から訓みを借りてきて、「頻」を「チョク」と訓んだところで違和感はない。むしろ自然なくらいだ。
「ちょくちょく」という語には「ちょいちょい」と訛る形が存在しており、「たびたび」や、より丁寧には「おりおり」と類た言葉だ。漢字が充たっていない。何れも「何度も繰り返す」という意味だから、頻繁の「頻」を充てても意味は通るだろう。
未明の渋谷では長く歩いた。雨天でも深夜営業している量販店で、甜い瓶酒を軽く買って公園で干したりした。健康に目覚めた今ではそんな真似はできないが、当時の光景が頻りに思い出され眠れない夜がある。